町と民間が出資する第三セクターとして操業を始め、販売不振によるメーカーへの吸収合併、さらにはメーカーの生産撤退など、「十勝での焼酎製造の火は消えてしまうのか?」という危機を、焼酎造りへの情熱で乗り越えたのが仲鉢孝雄さんを中心にした蔵人たちだ。「この蔵ができて20数年、築き育ててきた信頼関係や酒造りの技術を無にしたくない」。町内の企業や個人からの出資を得て、前工場から残った5人のスタッフで再スタートを誓ったのは5年ほど前のことだ。
仲鉢さんは「経営に関しては素人。まずは造ることと売ることを最優先に突っ走ってきました」と当時を振り返る。創業後、最初に世に送り出したのは、そば焼酎の『トムラウシのナキウサギ』だ。工場内で熟成していたメーカーの原酒を買い取り数量限定で製品化した。そして、北海道内で需要が高い麦焼酎に目を向け、確実に売れる商品づくりを目指し『十勝無敗』を完成させる。これまでの取引先にも頻繁に足を運び、またフェイスブックで新酒の進捗状況を逐一発信してきた成果もあり、予想以上の反響を呼ぶ。
「小さな工場から、さらにいいものを追求したい。もっともっと地域に根ざした焼酎を造りたい」。その思いはそば焼酎造りへ向けられた。しかも原料のそばは新得町産100%。そばの町だからこその原点回帰だ。実は『─ナキウサギ』の原料のそばは、安定した品質と数量を確保するために新得町産ではなかった経緯がある。また、そば焼酎は独特の風味があり、好みがはっきり分かれることが多く、酒造りには自信があっても不安も抱えた中での仕込みがスタートする。「この蔵には酒造りに必要な菌や微生物がたくさんいる。私の大切なパートナーです」と話す野田一範工場長の手にかかれば、そんな不安も一網打尽。原料の配合や熟成度を微妙に調整することで、クセのないフルーティーな香りとやさしい口当たりのそば焼酎『そばほろ』が誕生した。新会社設立から1年余り2012年夏のことだ。「自分たちも納得できる最高の原酒ができました。新得そばの品質の良さを再認識しました」と仲鉢さん。もともとそば好きなこともあって、そばを手繰りながらそば焼酎を味わい、仕事で疲れた身体を癒やすのが日課になっている。
仕込み水に使う大雪山の伏流水、昼間は暖かく夜は涼しい気候を味方にして育まれたそば、そして、仲鉢さんをはじめとする蔵人の熱意が、この『そばほろ』の一本一本に詰まっている。
プロフィール |
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さほろ酒造株式会社 |
代表取締役 仲鉢孝雄(ちゅうばちたかお)さん |
昭和28年、新得町生まれ。 |
町内の自動車整備工場に勤務し、長年検査員を務める。1988年に操業を開始した新得酒造公社に転職し製造と販売に従事。雲海酒造株式会社北海道工場の工場長を勤め、2011年に新会社「さほろ酒造株式会社」を立ち上げ代表取締役に就任。以降、新得発の焼酎を造り続け地域の魅力を発信している。 |